夢想飛行−非連続線上の飛躍
保守思想は、国家主義と自由主義の圧力から伝統的価値観を墨守する中道である。仏教、神道に立脚した脱近代を志向する時期がきている。個人益ブログ、メモ帳です。
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壊れ行く日本
庶民イジメどこまで…ドトール、電力10社と都市ガス大手4社なども値上げへ のコメント欄に気になる内容がありました。治安悪化と社会の荒廃を懸念している内容です。
自殺者数が約30,000人とされていますが、それは、警察が自殺と認定した数です。つまり、行方不明者扱いや事故死扱いとして処理された可能性を考えれば、遥かに多いです。例えば、富士山の樹海で発見される人々は、自殺したのであろうが、行方不明扱いになっている、と推察される。ですから、諸外国では、行方不明者の半分は、自殺者としてカウントします。日本でも、それを行えば、自殺者数は激増します。あくまでも警察発表の統計が、約30,000人ということです。
喜八氏が危惧されるストリート・チルドレンを見かける事は、今のところないです。しかし、つい20年前の日本で、これほどホームレスが増える、と誰が想像しただろうか?少なくとも、私が子供の頃、ホームレスを見かけ無かったのも事実だ。ところが、今では、図書館に行けば、冬は寒さを凌ぐ為に、夏は暑さを凌ぐ為に、ホームレスが椅子を占領して寝ている。
治安も悪化している。私の地元でも、銃犯罪、麻薬犯罪、誘拐等が多発している。少なくとも、私が子供の時、そういう事件は極めて特異であった。事件が起きると、近所や学校、会社で、大きな話題になったものだ。今では、そういう犯罪風景が日常に溶け込み、感覚が麻痺しているように思われる。
麻薬は、イラン人に対する短期査証免除を実施した時から汚染が広がりはじめ、国際化という美名の下、犯罪の国際化が促進されたように思われる。当時、私の地元の駅前で、半ば公然と麻薬の組織的密売が行われていたが、警察は検挙する事ができなかった。警察を嘲笑うかのようで、無法地帯化しているように思われた。
私が学生であった時、新宿歌舞伎町にチャイニーズマフィアがのさばり始めていた。その時、チャイニーズマフィアはわずか十万円でも人を殺すから危険だ、日本の暴力団でさえそう考えている、という話を耳にした。ところが、今の日本はどうした?愛知県で起きた事件を思い出せば分かる。わずか数千円を奪う為に、女性を拉致し、殺害に至るという狂気が荒れ狂う。考えられないような事件ではないか。
老人の万引き事件でも、「食べたかった」という動機である。所謂、常習者が性癖として行っている万引きと異なり、生活苦で万引きしているように思われる。スーパーやデパートの試食コーナーでがっつく人も居る、中には痩せこけた人も居る。本当に食事にさえ困っているのではないか、と考える。コンビニでも万引きが多発し、見つかったら殺傷するという事件も多発している。
生存の為のカロリー摂取にさえ困るようになれば、犯罪の増加は避けられないであろう。飢えは人間を変える。生存の為の行為(窃盗等)を犯罪として断罪する事が正しいのであろうか。政治家がどんなに素晴らしい法案を作っても、現場の公務員が想像を絶するような非常識な行為の数々、その一例が公務員のよって餓死させられた北九州市の男性だ。国家や行政に依存する大きな政府志向によって、家族や共同体の価値が下がり、人間関係が希薄化したように思われてならない。幻想の大きな政府!大きな政府とは、公務員という合法的犯罪者集団を養うだけである。
そういう事件が多発しているから、新築の分譲マンションで、全戸が警備会社と契約し、管理費に含まれているケースが珍しくなくなっている。最早、日本も安全をお金で買う時代になっているのだ。
喜八氏が、「杞憂であればいいのですが」と言っている内容は、現在進行形の話だと思っている。日々の変化は小さいので感覚が麻痺する、しかし、10年前、20年前と比較すれば一目瞭然であろう。日本の崩壊が小泉改革で始まったわけではない、しかし、小泉改革で加速したのは事実だ。
今の日本では、生活苦やわずかな遊興費欲しさで罪を犯す人が増えたのである。最早、日本人の倫理を尊ぶという価値観が失われたように思われる。思うに、昔も貧困層は存在したが、「貧困=恥」とは考えて居なかった。しかし、昨今の拝金主義の跋扈によって、貧困は恥である、という価値観が浸透しているように思われる。そう思うが、世間は満たされた豚である庶民から富裕層に至るまで、「金」を貪欲に、際限なく欲し続けている。お金よりも、家族や共同体で調和された関係を築き、「相互扶助」「共存共栄」「協調」を復活させるべきである。内輪でも打算が根付いている、その打算を隠してもっともらしいことを言っている人が多いのである。
このまま行くなら、日本は地獄へ落ちるのではないかと感じる。その方が、日本人自身の為である。人が人として協力する、助ける、そういう当たり前の事を打算抜き、嫌らしさ抜きにしてできるか、それが問われるようになるであろう。愛と慈悲の差である。何でも政治に責任転嫁しているうちは、地獄への道を進み続けるであろう。
私は、貧しくても調和された社会になったほうが、人は幸せになれる、と信じる。


コメント
いやな感じ
こんばんは。
なんとも嫌な感じですね。
スタグフレーションが本格化したら「年間自殺者10万人」なんてことにもなりかねません。
街路には「ストリートチルドレン」が出現し、やがて本格的なギャング団を形成する。
なんて、いつもの私(喜八)の杞憂であればいいのですが・・・。
2007-10-31 | 喜八 URL [ edit ]
自殺者数が約30,000人とされていますが、それは、警察が自殺と認定した数です。つまり、行方不明者扱いや事故死扱いとして処理された可能性を考えれば、遥かに多いです。例えば、富士山の樹海で発見される人々は、自殺したのであろうが、行方不明扱いになっている、と推察される。ですから、諸外国では、行方不明者の半分は、自殺者としてカウントします。日本でも、それを行えば、自殺者数は激増します。あくまでも警察発表の統計が、約30,000人ということです。
喜八氏が危惧されるストリート・チルドレンを見かける事は、今のところないです。しかし、つい20年前の日本で、これほどホームレスが増える、と誰が想像しただろうか?少なくとも、私が子供の頃、ホームレスを見かけ無かったのも事実だ。ところが、今では、図書館に行けば、冬は寒さを凌ぐ為に、夏は暑さを凌ぐ為に、ホームレスが椅子を占領して寝ている。
治安も悪化している。私の地元でも、銃犯罪、麻薬犯罪、誘拐等が多発している。少なくとも、私が子供の時、そういう事件は極めて特異であった。事件が起きると、近所や学校、会社で、大きな話題になったものだ。今では、そういう犯罪風景が日常に溶け込み、感覚が麻痺しているように思われる。
麻薬は、イラン人に対する短期査証免除を実施した時から汚染が広がりはじめ、国際化という美名の下、犯罪の国際化が促進されたように思われる。当時、私の地元の駅前で、半ば公然と麻薬の組織的密売が行われていたが、警察は検挙する事ができなかった。警察を嘲笑うかのようで、無法地帯化しているように思われた。
私が学生であった時、新宿歌舞伎町にチャイニーズマフィアがのさばり始めていた。その時、チャイニーズマフィアはわずか十万円でも人を殺すから危険だ、日本の暴力団でさえそう考えている、という話を耳にした。ところが、今の日本はどうした?愛知県で起きた事件を思い出せば分かる。わずか数千円を奪う為に、女性を拉致し、殺害に至るという狂気が荒れ狂う。考えられないような事件ではないか。
老人の万引き事件でも、「食べたかった」という動機である。所謂、常習者が性癖として行っている万引きと異なり、生活苦で万引きしているように思われる。スーパーやデパートの試食コーナーでがっつく人も居る、中には痩せこけた人も居る。本当に食事にさえ困っているのではないか、と考える。コンビニでも万引きが多発し、見つかったら殺傷するという事件も多発している。
生存の為のカロリー摂取にさえ困るようになれば、犯罪の増加は避けられないであろう。飢えは人間を変える。生存の為の行為(窃盗等)を犯罪として断罪する事が正しいのであろうか。政治家がどんなに素晴らしい法案を作っても、現場の公務員が想像を絶するような非常識な行為の数々、その一例が公務員のよって餓死させられた北九州市の男性だ。国家や行政に依存する大きな政府志向によって、家族や共同体の価値が下がり、人間関係が希薄化したように思われてならない。幻想の大きな政府!大きな政府とは、公務員という合法的犯罪者集団を養うだけである。
そういう事件が多発しているから、新築の分譲マンションで、全戸が警備会社と契約し、管理費に含まれているケースが珍しくなくなっている。最早、日本も安全をお金で買う時代になっているのだ。
喜八氏が、「杞憂であればいいのですが」と言っている内容は、現在進行形の話だと思っている。日々の変化は小さいので感覚が麻痺する、しかし、10年前、20年前と比較すれば一目瞭然であろう。日本の崩壊が小泉改革で始まったわけではない、しかし、小泉改革で加速したのは事実だ。
今の日本では、生活苦やわずかな遊興費欲しさで罪を犯す人が増えたのである。最早、日本人の倫理を尊ぶという価値観が失われたように思われる。思うに、昔も貧困層は存在したが、「貧困=恥」とは考えて居なかった。しかし、昨今の拝金主義の跋扈によって、貧困は恥である、という価値観が浸透しているように思われる。そう思うが、世間は満たされた豚である庶民から富裕層に至るまで、「金」を貪欲に、際限なく欲し続けている。お金よりも、家族や共同体で調和された関係を築き、「相互扶助」「共存共栄」「協調」を復活させるべきである。内輪でも打算が根付いている、その打算を隠してもっともらしいことを言っている人が多いのである。
このまま行くなら、日本は地獄へ落ちるのではないかと感じる。その方が、日本人自身の為である。人が人として協力する、助ける、そういう当たり前の事を打算抜き、嫌らしさ抜きにしてできるか、それが問われるようになるであろう。愛と慈悲の差である。何でも政治に責任転嫁しているうちは、地獄への道を進み続けるであろう。
私は、貧しくても調和された社会になったほうが、人は幸せになれる、と信じる。

テーマ : 政治・経済・時事問題 - ジャンル : 政治・経済
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コメント
世の中、嫌な方向にむかっている。無気力、無力感がまん延している。政治がというレベルではない様に思えてなりません。
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