死刑制度は廃止するべき

 凶悪犯罪が悪であるという事実認識はコンセンサスを得ている。しかし、死刑制度問題になると、各種感情や愛憎、思想が交錯する。私が死刑制度を廃止するべきと考える理由は次の通りです。

一、全ての人間には、尊厳を有している。この「人権=生存権(※1)」は、不可侵である。この自然法則に対する挑戦こそが、死刑制度である。
一、人間は不完全である、故に、過ちを犯す。冤罪の可能性がある、しかし、死刑を執行したら不可逆である。
一、死刑による犯罪抑止を唱える人がいる、しかし、死刑廃止した国で重大犯罪が急増した事実は無い。つまり、死刑制度による犯罪抑止の事実は認められない。
一、刑罰の目的は、過ちを理解させ、猛省させ、犯罪者を更生させ、社会復帰させることである。つまり、死刑制度は復讐である。(※2)
一、死刑執行官の精神的苦痛を考慮するべきである。(※3)


 殺人は絶対悪である。これに異論はないはずである。では、大量殺人である戦争はどうか?死刑執行という殺人はどうか?この問いを行えば、恐らく、多種多様な意見が出るであろう。

参照:墨子「非攻」−専守防衛思想2007年02月20日(Tue)より抜粋
・・・「小と大、寡と衆の判断の所以は、量は質を決定するものであろうが、集団心理がそこに加わるものでもあろうが、しかし、それは義と不義の観念を欠いている、知らないからである。墨子思想は論理的であり、量よりも質なのである。」・・・

 つまり、生存権、人命への尊厳を尊重するなら、上述の殺人行為は否定されるであろう。唯一の例外は、正当防衛である。つまり、自分の生存権を守る為の「暴力」「殺人」を肯定する。自分の家族や友人の生存権を守る為の「暴力」「殺人」も肯定されるべきである。これを国家に当て嵌めれば、憲法9条は生存権を侵害している、集団的自衛権の否定は家族や友人の生存権を守る権利を侵害している。 

 中には、人を殺したら死ななければならない、という趣旨を述べる人がいる。では、問いたい。戦争に参加した人は死ななければならないのですか?死刑執行をした人も死ななければならないのですか?つまり、善悪の真理とは、国家や法律を超越したところに存在する自然法則である。国家の行為なら正当化できると考えるなら、アウシュビッツ、スーダンのジェノサイド、ファルージャの悲劇、凡そあらゆる悲惨な歴史的事実は正当化される。つまり、大小や衆寡によって決定されないのである。

 加害者が死ねば、被害者の人権は回復されますか?加害者が死ねば、被害者の精神的苦痛は和らぎますか?不可逆である。

 暴力の連鎖で暴力を断ち切るのは不可能であるが、生存権を奪う暴力に対抗するには暴力しかないのも冷徹な事実である。『人道的介入「ユーゴ空爆」−ドイツ左派のジレンマ2007年08月25日(Sat)』の問題である。

 世の中には理不尽な事が溢れている、その中で最も理不尽なのが凶悪犯罪被害者であり、冤罪被害者である。

 死刑制度の話をする時は、凶悪犯罪の被害者がクローズアップされている時は回避するべきである。大衆は感情的に流されやすい、つまり、世論調査等で決定してはいけない。この問題は、国家としての思想が問われる問題だからである。日本政府は、死刑執行に関する情報公開を行い。先ずは、公の場で自由闊達な議論を開始するべきだ。その結論が出るまでは、死刑執行を猶予するべきである。


※1 「人権とは何か?2007年03月13日(Tue)」より抜粋
社会の周縁に追い込まれたり、自由を奪われたり、生命の危険に晒されている人が、最後の手段で頼るのが「人権」である。故に、「人権」を否定する事は困難であり、人権の否定は、人間の否定である。人権の否定された世界は、そこにあるのは、野生化した人間の群れであり、弱肉強食の殺戮の世界だからである。つまり、バターどころか、人権無しで生存は不可能である。

※2 日本は警察国家になる−司法制度問題2007年03月25日(Sun)
チェザーレベッカリーア「犯罪と刑罰」をまとめれば、「刑事法」とは、国民一人一人を司直の恣意と国民自身の妄想・暴走・狂気(真理を潰す世論の存在)から守るものである。

※3 死刑執行官へ死刑執行の通知は前日に行われていたが、現在は直前に行われる。失敬執行を嫌がり、当日欠勤する職員が多いからである。また、執行した時の手当ては、家族に把握されないように現金支給である。また、死刑執行は朝に行われる、同日午後は休みになる。社会復帰を意図しない復讐型刑の執行をどうしても継続するなら、欲する者が死刑執行という殺人を犯すべきである。


追記:国民新党亀井静香議員は、死刑廃止を訴求されている。郵政民営化見直しと同時に、国民新党の活躍に期待したい。




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タグ : 国民新党 亀井静香 死刑

コメント

初めまして

初めてコメントさせて頂きます

>世論調査等で決定してはいけない
>日本政府は、死刑執行に関する情報公開を
以上の事に関しては完全に同意見ではありますが、
>公の場で自由闊達な議論を開始するべきだ。その結論が出るまでは、死刑執行を猶予するべきである。
この事に関しては理想論であると思われます。誰が、どの場で、どの様な条件の下で議論を行うかの具体性に乏しく、また、この「誰が、どの場で、どの様な条件の下で議論を行うか」を考えるのに更なる議論を要するために、現実問題として実用的ではないと思います。

また、この問題を加害者・被害者の観点からのみ考察なされておりますが、死刑制度には他に第三者に対する「重大なる犯罪を犯した場合には、かの様な刑に処せられるのだ」という警告も含まれております。この警告が無く、犯罪に対して無関心になった良い例が過去の少年犯罪であると思われます。当時の少年の考えには、重大な犯罪を犯してもそれに見合うだけの処罰は受けないというものがありましたから、犯罪に対する開き直りが生じました。従って、重大犯罪抑制の効果も持ち得るのです。
この第三者に対する効果も含め考える必要があると思います。

人の生存権を侵した犯罪者と侵さない犯罪者を区別すべきではないでしょうか?
殺人犯は人を殺しても人生をやり直す機会が与えられ、被害者はそこで人生を終えるのはフェアじゃないと思います。

冤罪は死刑でなくとも、例えば懲役刑でも不可逆ではないでしょうか?1年であれ20年であれ失った時間と名誉は返ってこないから。

突然拙い文章で失礼しました。気分を害したのであれば削除して下さっても構いません。

「社会が個人に対して行う正当防衛」
死刑ってのはそういう事だと思いますよ?

戦争はお互い正当防衛だから同列には論じられないと思います

No title

初めてコメントさせて頂きます。

生存権を理解されていない日本社会にて、
批判を恐れずに死刑廃止論を主張されるタカ派さんに驚きです。
よい意味です。

占領軍内部で憲法9条が問題になったのも生存権です。

多くの人には理解されないと思いますが、
物事の是非は数ではないと思います。

また、死刑肯定派は、自分自身が冤罪で処刑される可能性を忘却している。

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