夢想飛行−非連続線上の飛躍
保守思想は、国家主義と自由主義の圧力から伝統的価値観を墨守する中道である。仏教、神道に立脚した脱近代を志向する時期がきている。個人益ブログ、メモ帳です。
<<一切唯心造−禅 | ホーム | A wrong turn in Tokyo/エコノミスト>>
議会と主権者の無責任が政治腐敗を招く
国会、地方議会の中継や新聞記事を読むたびに悲しくなる。茶番、八百長、イカサマだからである。議会開始前に、議案に関する根回しをし、大概、結果は決まっているのである。国会や地方議会の答弁は、出来レースと看做せる。「国対」の存在、自民党「国対」委員長が党重要ポストであり、そこで成果を獲得すると大臣、党三役、総裁(首相)への道が開ける事でも明白である。何故、このような八百長装置があるのかと言えば、与党や首長(知事・首相)が、法案を原案のまま通したいからである。議会の存在意義が問われるような状況にある、と認識するべきである。
昨今、「改革」がキーワードになっている。下品な小泉改革(改悪)、都知事選挙でも浅野氏が「改革派」という称号をメディアより頂いている。改革派って何?改革派とは、空虚な改革であっても改革を連呼する人である。 首長の改革妄想に騙されて、扇動に弱いB層支援で小泉型劇場政治に嵌っても、本来なら、議会と言うチェック機能が働くべきである。つまり、愚かな首長であっても、議会さえ機能していれば、劣悪な政治としての暴力装置にまでは至らないのである。小泉郵政選挙はそこへ挑戦状を叩きつけたのだから罪は重い。
地方自治体に蔓延している首長の官製談合問題(参照 談合列島日本)や地方財政問題を考える。日本のジャーナリズム(メディア)は、談合を主導した「首長のモラル」のみを批判している。メディアの劣化の象徴である。多くの地方議会では、一定金額以上の公共事業の工事発注を、議会が一件毎に審査し、承認しているのである。つまり、不正を承認していることになり、議会の機能不全である、と看做せる。議会が、議会として機能するかが重要なのである。
このような監査機能の不全の問題は、耐震擬装問題や各種粉飾決算に関与した監査法人の問題、不二家の自社の安全基準管理問題等も同根であり、社会に蔓延しているチェック機能の破綻である。この官民共通のチェック機能不全によって、社会が劣化している、と考えられる。
国政や地方行政の機能不全を考える上で、主権者たる国民を無視するべきではない。しかし、密室政治、隠蔽体質が横行して、一部の特権意識に毒された政治家、官僚、公務員のみで秘密裏に政策を決定し、その結果のみを国民に強要する。それをありがたいと思え、という政治家、官僚、公務員の国民に対する不遜さに大きな問題がある。
主権者には、『知る権利』がある、故に、各種行政情報や審議過程に関する詳細かつ完全な情報の共有化をする必要がある。その意義は、情報の完全開示によって、賛否両論、異論、反論が、国民、アカデミズム、議員から出る。多くの差異のある意見、少数意見への配慮により、傲慢故に気がつかない点の修正によって、より良い政策に実施できる。そして、国民は政治参加者として、それを強要としてではなく、自発的に甘受できるのである。また、官僚や公務員にしても、隠し事の無い世界の方が精神的に楽ではないだろうか。
法案だけではなく、政治資金、陳情や口利き、オンブズマンから民間企業と官との接触・問い合わせ等、凡そあらゆる全てを情報公開し、IT時代に相応しく、ネットで全てを公開する。誰もがアクセスしやすいサイト構成と検索システムを導入する。つまり、あらゆるものを透明にする事によって、国民の主権を確保し、政治に対する関心を促すのである。各地のオンブズマンの活動は、国民に多大な恩恵を齎すと信じる。成果は官僚や公務員のおかげ、政策が破綻したのは国民の責任、このような厚顔無恥の極みである政治体制、まるで徳富蘇峰氏が批判した昭和の陸海軍のようである、これに終止符を打たなければならない。また、他人の目や選挙民の目を意識させる事によって、傲慢な政治権力層への一定の心理的抑止力効果も期待できる。改革派の虚構に踊らされず、有権者の賢明な選択に期待したい。
このような配慮をする理由には、一般人が議員に立候補するのは困難であるからです。立候補しようとしたら、離職しなければならないからである。政治家に立候補しやすい人は、自営業者、農業、富裕層、自由業と限定的になる、故に、偏った視点からの政策になりやすい、という理由も含意にある。
民主主義社会の政治権力とは、生もののように腐敗しやすく、劣化しやすいものである。国民の為の政治である、故に、国民自身が政治の堕落を常に監視しなければならない。その為の情報公開が必要である。省庁の統廃合で文書を破棄した官僚は、焚書坑儒に匹敵する暴挙である。

昨今、「改革」がキーワードになっている。下品な小泉改革(改悪)、都知事選挙でも浅野氏が「改革派」という称号をメディアより頂いている。改革派って何?改革派とは、空虚な改革であっても改革を連呼する人である。 首長の改革妄想に騙されて、扇動に弱いB層支援で小泉型劇場政治に嵌っても、本来なら、議会と言うチェック機能が働くべきである。つまり、愚かな首長であっても、議会さえ機能していれば、劣悪な政治としての暴力装置にまでは至らないのである。小泉郵政選挙はそこへ挑戦状を叩きつけたのだから罪は重い。
地方自治体に蔓延している首長の官製談合問題(参照 談合列島日本)や地方財政問題を考える。日本のジャーナリズム(メディア)は、談合を主導した「首長のモラル」のみを批判している。メディアの劣化の象徴である。多くの地方議会では、一定金額以上の公共事業の工事発注を、議会が一件毎に審査し、承認しているのである。つまり、不正を承認していることになり、議会の機能不全である、と看做せる。議会が、議会として機能するかが重要なのである。
このような監査機能の不全の問題は、耐震擬装問題や各種粉飾決算に関与した監査法人の問題、不二家の自社の安全基準管理問題等も同根であり、社会に蔓延しているチェック機能の破綻である。この官民共通のチェック機能不全によって、社会が劣化している、と考えられる。
国政や地方行政の機能不全を考える上で、主権者たる国民を無視するべきではない。しかし、密室政治、隠蔽体質が横行して、一部の特権意識に毒された政治家、官僚、公務員のみで秘密裏に政策を決定し、その結果のみを国民に強要する。それをありがたいと思え、という政治家、官僚、公務員の国民に対する不遜さに大きな問題がある。
主権者には、『知る権利』がある、故に、各種行政情報や審議過程に関する詳細かつ完全な情報の共有化をする必要がある。その意義は、情報の完全開示によって、賛否両論、異論、反論が、国民、アカデミズム、議員から出る。多くの差異のある意見、少数意見への配慮により、傲慢故に気がつかない点の修正によって、より良い政策に実施できる。そして、国民は政治参加者として、それを強要としてではなく、自発的に甘受できるのである。また、官僚や公務員にしても、隠し事の無い世界の方が精神的に楽ではないだろうか。
法案だけではなく、政治資金、陳情や口利き、オンブズマンから民間企業と官との接触・問い合わせ等、凡そあらゆる全てを情報公開し、IT時代に相応しく、ネットで全てを公開する。誰もがアクセスしやすいサイト構成と検索システムを導入する。つまり、あらゆるものを透明にする事によって、国民の主権を確保し、政治に対する関心を促すのである。各地のオンブズマンの活動は、国民に多大な恩恵を齎すと信じる。成果は官僚や公務員のおかげ、政策が破綻したのは国民の責任、このような厚顔無恥の極みである政治体制、まるで徳富蘇峰氏が批判した昭和の陸海軍のようである、これに終止符を打たなければならない。また、他人の目や選挙民の目を意識させる事によって、傲慢な政治権力層への一定の心理的抑止力効果も期待できる。改革派の虚構に踊らされず、有権者の賢明な選択に期待したい。
このような配慮をする理由には、一般人が議員に立候補するのは困難であるからです。立候補しようとしたら、離職しなければならないからである。政治家に立候補しやすい人は、自営業者、農業、富裕層、自由業と限定的になる、故に、偏った視点からの政策になりやすい、という理由も含意にある。
民主主義社会の政治権力とは、生もののように腐敗しやすく、劣化しやすいものである。国民の為の政治である、故に、国民自身が政治の堕落を常に監視しなければならない。その為の情報公開が必要である。省庁の統廃合で文書を破棄した官僚は、焚書坑儒に匹敵する暴挙である。

<<一切唯心造−禅 | HOME | A wrong turn in Tokyo/エコノミスト>>
コメント
管理人のみ閲覧できます
このコメントは管理人のみ閲覧できます
コメントの投稿
トラックバック
参院選までに公職選挙法の改正を!
今日から統一地方選がスタートしました。そこでおかしな法律が存在します。公職選挙法ですね。今現在の公選法では公示日から選挙終了するまでの間、候補者はHPやブログを更新することが禁止されているのは皆さんご存知
| HOME |




